2011年3月12日土曜日

腎臓のはたらき ~南口メデイカルタイムズに寄せて~


腎臓のはたらき
いまい内科クリニック 今井信行

腎臓はからだの中でどのような働きをしていますかと問われると、多くの人が、「おしっ
こをつくるところです。」と答えるに違いない。でも少し詳しく、この尿をつくるという機
能を調べてみると、腎臓は尿をつくることを通して、生命の維持に大きな役割をしている
ことがわかります。少し詳しく記載してみましょう。
腎臓の機能を列記してみると、尿をつくるという機能を通して腎臓は以下のような役割
を演じています。

1)水分バランスを保つ
2)ナトリウム、カリウムなどの電解質のバランスを管理し濃度を一定に保つ
3)栄養素である窒素を尿素として排泄し、たんぱく質の代謝を行なう。
4)重炭酸(アルカリ)を再吸収し、からだが酸性に傾くのを防ぐ。
5)ビタミンD を活性化することで小腸からカルシウムを吸収し、骨代謝を保つ。
6)食事(とくにたんぱく質)から摂取されたリンを尿中に排泄することで、血中のリン
濃度を保ち骨代謝を保つ。
7)レニンと呼ばれる酵素を分泌し、アンジオテンシンⅡという強力な昇圧物質を介して、
血圧を維持する。
8)エリスロポエチンという物質を分泌し、赤血球の産生を促し一定に維持する。

ざっと、列記しただけでも腎臓は尿を作るということを介して、以上のような働きを行
なっていると言われています。
このような働きを、生体の恒常性維持(ホメオスタシスの維持)というように表現する
場合もあります。生体にとっての内部環境を一定に保ち、それぞれの細胞が生存し代謝を
営みやすい環境を維持するということです。

腎臓は尿をつくることで余分な水分を体外に排泄します。一方で、水の得にくい状況で
は、尿を濃縮し制限することでからだの中の水分を保つように働きます。
ナトリウムやカリウムなどの電解質についても同様です。ナトリウムは血液などの細胞
外液にあっては最大量を占める電解質であり細胞外液量を規定する重要な因子ですが、腎
臓はそのナトリウム(分りやすく言えば塩分)の少ない環境では、ナトリウムの再吸収を
促し、一方ナトリウムの多い環境ではナトリウムを排泄し、その濃度を一定に保ちます。
ナトリウム摂取が多いと血圧は上昇し体液量は増加し、浮腫や心不全を招くことになり
ます。腎臓と高血圧の発症には密接な関係があるとされており、古くからそして今もなお
重要な研究テーマです。

例を挙げると、日本人の平均的な塩分摂取量は一日10g 程度ですが、南米アマゾンに住
むヤノマモインデアンは一日の塩分摂取量は約0.1g とほとんど塩分を摂取しません。そし
て彼らの間では高血圧の発症はみられません。これらの事実からは、塩分摂取量と高血圧
の発症には相関があると指摘されています。

一般に高血圧と診断された場合、その90%は原因が不明であり本態性高血圧と診断され
ます。本態性とは現在のところ原因が分らないということです。しかし仮説としては、腎
臓での塩分排泄能力の低下が本態性高血圧症の原因ではないか、という説が有力です。
実際、高血圧と診断された場合、食事中の塩分摂取の減量すなわち減塩食が薬物療法に先
んじて推奨されます。

このような腎臓の体液管理の働きのおかげで、私たちは宴会でビールをジョッキに何杯
も飲んだとしても体中が浮腫んで心不全になることもなく、逆に炎天下で喉が渇いたとし
ても尿を濃縮することで体液量や組成を一定に保ち、60 兆個もあるとされる細胞は安定し
た環境で代謝を営み生命の維持に貢献しています。

腎臓は腰の位置に左右に一対存在する臓器です。その大きさは直径でおよそ12cm、重さ
にして150g程度ですが、臓器重量あたりの血流量は最も多く、およそ一分間に800ml~
1200ml もの大量の血液が流れ込みます。大動脈から腎動脈を経て腎臓に入った動脈は複雑
な分岐を繰り返すとともに、細動脈の一部が各100 万個にも及ぶ糸球体という特殊な血管
構造となります。この糸球体には内窓と呼ばれる比較的大きな窓が内皮細胞に空いており、
物質の通過が容易です。

上述のように腎臓に流れ込んだ大量の血液はこの糸球体で濾過され、その結果、初期尿(原始尿)としては一日150 リットルもの尿が生成されることになります。腎臓はひとまずこのように大量の尿を作り出すことで、体内の老廃物を濾過した後、尿細管と呼ばれる部位でこの一度濾過した初期尿中から体に必要なものを再吸収するという巧妙な仕組みをとります。
濾過するだけであれば、例えば人工腎臓というかたちで真似ることができますが、再吸
収することを人工的に再現することはできません。このように大量に濾過し、積極的に繊
細に再吸収することで生体の恒常性は維持されます。
私たちは巨大な濾過清浄器を備えて毎日生活しているというわけです。

中国の古書に「骨の源は腎なり。」という言葉がありますが、腎臓は骨の代謝にも重要な
役割を演じています。ビタミンD は小腸からカルシウムを吸収するホルモンで、血中のカ
ルシウム濃度を維持するのに必須です。ビタミンD はコレステロールから皮膚で日光を浴
びることで合成され、さらに腎臓で酵素的に活性化されます。腎臓が悪くなると、ビタミ
ンD の活性化が起こらず、カルシウム不足から骨の脆弱化を引き起こすことになります。

例えば極端な例ですが、イタイイタイ病として知られる病気は、岐阜県の神岡鉱山から流
出したカドミウムの汚染により富山県の神通川流域の住民に見られた病気です。カドミウ
ム中毒により腎臓の尿細管が障害を受け、リンの再吸収が障害された結果、低リン血症低
カルシウム血症となり、骨は骨軟化症と呼ばれる変化を受け容易に骨折します。これも腎
臓が骨の代謝に大きな影響を与えていることを示すものです。

また腎臓の糸球体近傍には、糸球体に流入する血圧や濾過された初期尿のナトリウム濃
度などを感知して、レニンというホルモンが分泌されています。レニンは酵素として働き、
アンジオテンシンⅡという生体内で最も昇圧作用の強い物質を生成します。
例えば、大量に出血して血圧が下がりショックになった場合を考えてみると、糸球体に
流入する血圧も低下することに応じてレニンが分泌され、アンジオテンシンⅡが生成され
血圧が上昇し、糸球体にかかる血圧を維持するように働き、血圧低下時であってもできる
だけ尿が生成できるように維持しようとします。生体にはこのような自己調節機能が何重
にも用意されていて、生体が危険にさらされた時にも安全機構として働きます。

腎臓は組織重量あたりの血流量の多い臓器であると最初にお話しましたが、加えて複雑
な血管系の存在から、腎臓は血液中の酸素濃度を検知するのに適した臓器でもあります。
腎臓ではこのような低酸素刺激を感知して、赤血球の産生を促すエリスロポエチンという
物質が産生されます。エリスロポエチンの発見、その後の遺伝子工学を利用した医薬品へ
の応用は、今日多くの腎不全患者を貧血から解放する大きな福音となっています。

以上、簡単に腎臓の働きについて書いてみました。まだまだ腎臓には多くの働きがあり
ます。次回は、このような腎臓にどのような病気が起こるのか、逆に腎臓はさまざまな病
気でどのような影響を受けるのか記載してみたいと思います。